1.感じるままを感じてもいい。感情には正しいとか間違いということはない。感情はただあるだけである。誰も人がどう感じるべきかを教えることはできない。感情について話すことは、良いことであり必要なことだ。 2.欲しいものを欲しがってもいい。欲さなければならないことや、望んではならないことなどない。自分の活力に触れたならば、大きく成長したくなる。 3.見え、聞こえることを見聞きしていい。見聞きしたものはなんでも、自分が実際に見聞きしたとおりのものなのだ。 4.いっぱい楽しんだり、遊ぶのはいいことだし、また、そうする必要がある。 5.真実を語ることは重要なことである。歪められた考え(“すべてか無か”思考、破滅化、過度の一般化、読心術、etc.)をしりぞけて現実をあるがままに見ることは、人生の苦痛をやわらげる。 6.ときには限界を知って、満足を先のばしにすることは大切である。これもまた人生の苦痛をやわらげる。 7.バランスのとれた責任感を発達させることは重要である。それは自分の行動の結果を受けとめることと、他人の行為の結果を引き受けないことを意味する。 8.失敗してもいい。失敗は教師である。失敗は学ぶことを手助けしてくれる。 9.自分自身と同じように、他者の感情、要求、望みもまた、尊敬され尊重されるべきである。 10.問題があってもいい。それは解決される必要がある。葛藤があってもいい。それは解決を必要としている。
ジョン・ブラッドショー 『インナーチャイルド』(NHK出版)第10章をもとに作成
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■5855 / inTopicNo.1)  生まれて来なければ良かった、という思いは消えない(フラバ注意)
  
□投稿者/ 安 [MAIL] -(2007/04/22(Sun) 21:26:23)
     AC+50の安です。人間関係に対して無力です。

     飯田先生の本によると、三つの問いがあるという。
     一番目は、「充分に、学んだか?」。十分とは言えないが、精一杯学んだつもり。多分努力すればもっと学べるとは思う。でも、もう余り辛いことに取組む元気は無い。

     二番目は、「充分に、愛したか?」。多分、全く愛してはいない。多分、愛することというがどういうことか分かっていない。親から愛されなかった者が、愛することがどういうことか、本当にわかるのだろうか?

     三番目は、「充分に、使命を果たしてきたか?」。そんなものが、私にあったとは思えない。

     私が「リカバリー」を読んで、『私はACである』という概念を手に入れてから、『回復への道』を頑張って歩んで来たこと、そのことでは、それ以前には思ってもいない程、私は学ぶことがあった。身に付けることがあった。以前ほど、惑うことが無くなったからね。

     でもね、『回復への道』を歩むことは出来ても、『回復』には至れない。何故なら、この世には、『復』すべきところは無いからだ。生まれて意識が出来た頃から、オシッコやウンチをすると母からつねられ、泣けばチチオヤに殴られ蹴られしたものに、『復』するところなんて無い。

     敢えてあるとすれば、生まれる前のことさ。

     でもね、やっぱりさ。私は私を精一杯好きになりたい。愛したい。だのに、それがどういくことが分からないのさ。馬鹿みたい、というより馬鹿だね。賢くなりたいね・・・。

    賢くなって、自分を精一杯好きになって可愛がりたいね。
     
     ありがとうございました。
引用返信 削除キー/
■5856 / inTopicNo.2)  Re[1]: 生まれて来なければ良かった、という思いは消えない(フラバ注意)
□投稿者/ こくーん -(2007/04/22(Sun) 22:09:18)
    安さん、こんばんは。
    この前は書き込みをありがとうございました。

    >  AC+50の安です。人間関係に対して無力です。
    >
    >  飯田先生の本によると、三つの問いがあるという。
    >  一番目は、「充分に、学んだか?」。十分とは言えないが、精一杯学んだつもり。多分努力すればもっと学べるとは思う。でも、もう余り辛いことに取組む元気は無い。
    >
    >  二番目は、「充分に、愛したか?」。多分、全く愛してはいない。多分、愛することというがどういうことか分かっていない。親から愛されなかった者が、愛することがどういうことか、本当にわかるのだろうか?
    >
    >  三番目は、「充分に、使命を果たしてきたか?」。そんなものが、私にあったとは思えない。
    >
    >  私が「リカバリー」を読んで、『私はACである』という概念を手に入れてから、『回復への道』を頑張って歩んで来たこと、そのことでは、それ以前には思ってもいない程、私は学ぶことがあった。身に付けることがあった。以前ほど、惑うことが無くなったからね。
    >
    >  でもね、『回復への道』を歩むことは出来ても、『回復』には至れない。何故なら、この世には、『復』すべきところは無いからだ。生まれて意識が出来た頃から、オシッコやウンチをすると母からつねられ、泣けばチチオヤに殴られ蹴られしたものに、『復』するところなんて無い。
    >
    >  敢えてあるとすれば、生まれる前のことさ。
    >
    >  でもね、やっぱりさ。私は私を精一杯好きになりたい。愛したい。だのに、それがどういくことが分からないのさ。馬鹿みたい、というより馬鹿だね。賢くなりたいね・・・。
    >
    > 賢くなって、自分を精一杯好きになって可愛がりたいね。
    >  
    >  ありがとうございました。

    安さんのつぶやきが、今日降っていた柔らかい雨のように感じました。
    涙のように切なくて、でも冷たいものではない。
    読ませていただいているうちに思いました。
    『好きになりたい』という気持ちが、既に愛しているということなのではないか、と。
    …これは私にも言えることです。
    『愛す』ことって、私にもよくわかりません。
    でも、そう思いましたよ。

    『使命』って何でしょうね。
    私もソレがどこかにあると思っていて、ソレがないから、私は漂流しているんだと
    思っています。
    あるとすれば、皆はどうやってソレと巡り合っているんでしょうね。

    わからないことだらけです。
    教科書には書いてありませんものね。
    情報が溢れ過ぎていて、どれが本当なのかもわかりませんね。
    雲をつかむような感じがします。

    せめて安さんの心が穏やかでありますように、と願うばかりです。



引用返信 削除キー/
■5857 / inTopicNo.3)  Re[1]: 生まれて来なければ良かった、という思いは消えない(フラバ注意)
□投稿者/ K太郎 -(2007/04/23(Mon) 12:03:58)
    No5855に返信(安さんの記事)
    安さん はじめまして

    僕は、+50まであと3年弱。
    1年半くらい前にこのサイトに出会ってACということに取り組んできました。
    そのころは本当にどん底からやっと
    それでも生きていこうと思えるようにようやくなったころでした。
    あのころ安さんの書き込みに思いがあふれてもやはりルールを守るべきと思い、
    メールを書いては送信ボタンが押せずに削除するということがありました。

    安さんが率直に自分を語って下さることが
    僕の励みになっていました。
    自分は何をやってきたんだろう。
    自分なんて何もしてないじゃないかってずっと思ってきました。
    ハッキリした使命が欲しくて、
    コレしかないと思い込んではそれにのめりこんでみても
    最後には
    自分なんてやっぱり駄目だとそのことから逃げてしまうことの繰り返しでした。
    安さんの使命は僕は分かりませんが
    少なくとも
    安さんが自分に取り組みそのことを伝えてくださっていること
    そのことが僕が生きることへの応援になっているということはお伝えしたいと思いました。

    僕はこんな年になっても青いような書き方しかできず
    ちょっと恥ずかしいですが・・・
    安さんにはいてくれてありがとうって言いたいです。








    >  飯田先生の本によると、三つの問いがあるという。
    >  一番目は、「充分に、学んだか?」。十分とは言えないが、精一杯学んだつもり。多分努力すればもっと学べるとは思う。でも、もう余り辛いことに取組む元気は無い。
    >
    >  二番目は、「充分に、愛したか?」。多分、全く愛してはいない。多分、愛することというがどういうことか分かっていない。親から愛されなかった者が、愛することがどういうことか、本当にわかるのだろうか?
    >
    >  三番目は、「充分に、使命を果たしてきたか?」。そんなものが、私にあったとは思えない。
    >
    >  私が「リカバリー」を読んで、『私はACである』という概念を手に入れてから、『回復への道』を頑張って歩んで来たこと、そのことでは、それ以前には思ってもいない程、私は学ぶことがあった。身に付けることがあった。以前ほど、惑うことが無くなったからね。
    >
    >  でもね、『回復への道』を歩むことは出来ても、『回復』には至れない。何故なら、この世には、『復』すべきところは無いからだ。生まれて意識が出来た頃から、オシッコやウンチをすると母からつねられ、泣けばチチオヤに殴られ蹴られしたものに、『復』するところなんて無い。
    >
    >  敢えてあるとすれば、生まれる前のことさ。
    >
    >  でもね、やっぱりさ。私は私を精一杯好きになりたい。愛したい。だのに、それがどういくことが分からないのさ。馬鹿みたい、というより馬鹿だね。賢くなりたいね・・・。
    >
    > 賢くなって、自分を精一杯好きになって可愛がりたいね。
    >  
    >  ありがとうございました。
引用返信 削除キー/
■5858 / inTopicNo.4)  Re[1]: 生まれて来なければ良かった、という思いは消えない(フラバ注意)
□投稿者/ けしき -(2007/04/23(Mon) 21:22:31)

    >  でもね、『回復への道』を歩むことは出来ても、『回復』には至れない。何故なら、この世には、『復』すべきところは無いからだ。生まれて意識が出来た頃から、オシッコやウンチをすると母からつねられ、泣けばチチオヤに殴られ蹴られしたものに、『復』するところなんて無い。
    >
    >  敢えてあるとすれば、生まれる前のことさ。
    人は自然死した後は生まれる前の自然に『復』するんだと思います
    そして愛し合う家族とは何かそれを学ぶための使命を持って
    新たに生まれ変わって来るのだと思います

    宗教ぽい話ですが自分の頭で考えた事です
引用返信 削除キー/
■5859 / inTopicNo.5)  Re[2]: 生まれて来なければ良かった、という思いは消えない(フラバ注意)
□投稿者/ 安 [MAIL] -(2007/04/23(Mon) 22:34:57)
    No5856に返信(こくーんさんの記事)
     こくーんさん、今晩は。、レスありがとうございました。
    (前回は、間違ってカタカナでお呼びしてしまってすみませんでした。)

     えー、何とも、詩的な妖精の世界からメッセージを頂いたような、そんな戸惑いと優しさを感じました。 

     『漂流』しているような感じがするんですね。私の場合は漂流しているというよりもここまで来たんだから、もういいじゃん、これ以上どこかへ無理して行かなくてもいいじゃん、って感じかな?

     若い人はどこへでも出掛けて行けるし、失敗しても許される。でも私はもう若くは無い。旅をする元気は昔程は無い。そんな感じです。

     本当にやさしい言葉かけを頂き、有り難うございました。

     PS。こくーんさんにとって、侵食してくる感じの闇(?)って、もしかしたら、こくーんさんに理解してもらいたがっているのかな、って前に思ったことを思い出しました。余計なことだったら、ごめんなさい。 
引用返信 削除キー/
■5860 / inTopicNo.6)  Re[2]: 生まれて来なければ良かった、という思いは消えない(フラバ注意)
□投稿者/ 安 [MAIL] -(2007/04/23(Mon) 22:36:57)
    No5857に返信(K太郎さんの記事)
     K太郎さん、今晩は。レスありがとうございました。

     何度、K太郎さんのメッセージを読み返しても、K太郎さんのひたむきさ、一所懸命さが感じられて、胸が熱くなり、涙がにじんできます。 

     こんな私のメッセージでも、K太郎さんへの応援になっていた、と思うとほっとする、というか、うれしいな、よかったな、と思いました。

     私は知らなかったけど、こうしてK太郎さんに言ってもらえて、あぁ繋がっている人がいたんだ、と分かって、なにか安らかさ、をもらえたような感じがしています。

     I wish you a pleasant voyage !

    有り難うございました。
引用返信 削除キー/
■5861 / inTopicNo.7)  Re[1]: 生まれて来なければ良かった、という思いは消えない(フラバ注意)
□投稿者/ ぺん -(2007/04/24(Tue) 01:17:04)
    2007/04/24(Tue) 01:28:09 編集(投稿者)

    No5855に返信(安さんの記事)
    安さんこんばんは。
    以前は大変恥ずかしいことを書いてしまって申し訳ありませんでした。
    まだまだ子供でおっちょこちょいのぺんです。

    これは私の勝手な感情ですが、安さんが2階席に参加してくださってとても嬉しい気持ちです。
    50+はもちろんとても大事な場所だと思っています。
    ただココだと年齢が関係ないので、若輩者の私なんかでも心置きなく人生の先輩とお話させて頂けるので、
    やっぱり正直うれしいです。
    安さんの気持ちの良いように色々コーナーを使い分けて下さるといいな‥‥なんて思います。


    >  飯田先生の本によると、三つの問いがあるという。
    >  一番目は、「充分に、学んだか?」。十分とは言えないが、精一杯学んだつもり。多分努力すればもっと学べるとは思う。でも、もう余り辛いことに取組む元気は無い。
    >
    >  二番目は、「充分に、愛したか?」。多分、全く愛してはいない。多分、愛することというがどういうことか分かっていない。親から愛されなかった者が、愛することがどういうことか、本当にわかるのだろうか?

    一番目はまだ前を見ている最中の私には想像することすらできない思いですが‥‥。
    二番目は私もよく自分に問いかける質問です。

    私も親には愛されませんでした。
    きっと親自身が愛された経験がなくて、子供を愛することがどういうことか全然分からなかったんでしょう。
    両親共に誰にも与えてもらえなかった愛情を子供の私からむさぼり取ろうとした、
    そのために赤ちゃんが癇癪を起こすような感覚で私を虐待する親でした。

    幸いにも私自身は大人になってから、親ではない人たちから無償の愛情を注いでもらうことが出来ました。
    だから、与えられなかったものは親から壊されてしまった自分の心はもう元には戻らない、「復」はできないけれど
    一度死んで生まれ変わって、第二の人生は自分らしく生きていけるんじゃないか‥‥そんな思いは持っています。
    「今まで愛に飢えていた分、愛をいっぱいほしい」という思いは強いです。
    自分のことばっかりで、人に気持ちを向けられない自分に時々落ち込んだりします。
    でも、私を愛してくれた人に恩返しのできる自分にいつかなりたい。

    >  三番目は、「充分に、使命を果たしてきたか?」。そんなものが、私にあったとは思えない。

    今ここで私たちにお話を聞かせてくださっていること、カウンセリングの勉強(で、合っているでしょうか?間違っていたらすみません)を地道にがんばって続けていらっしゃること、それは安さんだからこそできること‥‥。(それは安さんのおっしゃっている「使命」とはまた違うものなのでしょうか‥‥?)
    私みたいな子供が言ってもただ失礼になるだけかもしれませんが‥‥
    安さんの書き込みを拝見するたび、私の目には本当にそんな風に見えてなりません。

    >  私が「リカバリー」を読んで、『私はACである』という概念を手に入れてから、『回復への道』を頑張って歩んで来たこと、そのことでは、それ以前には思ってもいない程、私は学ぶことがあった。身に付けることがあった。以前ほど、惑うことが無くなったからね。

    私もです。「私はACである」という概念、私だけのスタートラインを見つけてから、背伸びせずにいっこずつ学びを重ねていけるようになりました。ACって言葉があって本当に良かった。


    > 賢くなって、自分を精一杯好きになって可愛がりたいね。
    >  
    >  ありがとうございました。

    こちらこそ。安さんありがとうございました。
引用返信 削除キー/
■5862 / inTopicNo.8)  Re[2]: 生まれて来なければ良かった、という思いは消えない(フラバ注意)
□投稿者/ 安 [MAIL] -(2007/04/24(Tue) 20:49:25)
    No5858に返信(けしきさんの記事)

    けしきさん、今晩は。レスありがとうございました。

    > 人は自然死した後は生まれる前の自然に『復』するんだと思います
    > そして愛し合う家族とは何かそれを学ぶための使命を持って
    > 新たに生まれ変わって来るのだと思います
    >
    > 宗教ぽい話ですが自分の頭で考えた事です

     けしきさんは、そう思われるのですね。
     そのことが実感できると、きっととても安定した気持ちになれますよね。

    有り難うございました。

引用返信 削除キー/
■5863 / inTopicNo.9)  Re[2]: 生まれて来なければ良かった、という思いは消えない(フラバ注意)
□投稿者/ 安 [MAIL] -(2007/04/24(Tue) 20:52:23)
    No5861に返信(ぺんさんの記事)

    べんさん、今晩は。レスありがとうございました。

     全然、申し訳ないこと無いですよ。そう見えたんだな、って。 そこが子供・・・? なんてね・・・。(気を悪くしないで下さいね。 (^_-)  )

     そうか、べんさんは、reborn できたんですね。

     その昔、エンカウンターグループのセッションを重ねるうちに、あるとき、ファシリテーターの先生との会話を切っ掛けとして、一月後のセッションがあるまでの間に、自分が自分の感じとグループを信頼し始めていることに気付いたとき、黒い大理石の上にいる赤ん坊の夢・イメージを得たことがありました。

     そのことを投稿したとき、ある人からリボーンですね、って言われたことがありました。それにしては、全然変わった気が、今はしていない自分ですが・・・。

     『カウンセリングの勉強』、合っていますよ、でも訓練の方が正確かな? 心が錆付かないようにと、そしてまた、より感性を高める為に、訓練は怠ることはできません。(でもね、お金が掛かるのです・・・・(-_-;) )

     そうですね、斉藤先生は、言葉を付けることがそのことを扱える第一歩とおっしゃっていましたね。そういう意味で、『AC』という言葉との出会いは、回復への道を歩むことの、スタートラインでしたね。

    今度の書込みで、べんさん、こくーんさん、K太郎さん、けしきさん、と暖かいストロークを得られて、嬉しかった。人間はやはり人の間の関係性の中で、生きるのが正しい在り方なんでしょうね、そんなことを思った今回の書込みでした。

     べんさん、有り難うございました。
     また、いつか、お話できることを楽しみに。
引用返信 削除キー/
■5864 / inTopicNo.10)  Re[1]: 生まれて来なければ良かった、という思いは消えない(フラバ注意)
□投稿者/ ちひろ -(2007/04/25(Wed) 10:23:11)
    遅ればせながら・・・書き込ませていただきます。
    ずっと気になっていたのですが、自分のためにゆったりとした時間がとれずにいました。

    「あんたなんか、生まなきゃ良かった」
    と10代の頃言われたのが、私が母に対して「いい子」でなかったとき。
    「いい子」でなければ見捨てられる・・・と思い込んでいたことが、「ああ、やっぱりそうか」と妙に納得したときでした。

    > 「充分に、愛したか?」。多分、全く愛してはいない。多分、愛することというがどういうことか分かっていない。親から愛されなかった者が、愛することがどういうことか、本当にわかるのだろうか?

    わかるかどうか・・はわかりませんが、それでもきっと、愛することができるのだろうと思います。

    >  でもね、やっぱりさ。私は私を精一杯好きになりたい。愛したい。だのに、それがどういくことが分からないのさ。馬鹿みたい、というより馬鹿だね。賢くなりたいね・・・。
    >
    > 賢くなって、自分を精一杯好きになって可愛がりたいね。

    とても切なく、あたたかく心に響きますね・・・。
    不器用でも、あっちこっちぶつかりながらでも、精一杯生きている人が好きです。
    そうやってどうしようもなく「馬鹿みたい」なやり方で生きている自分を、大事に思えるようになってきたような気がします。
    他人のなかに、そういう自分の姿がオーバーラップされてくると、その人の成長を応援したくなります。

    境界線を上手く引けない、まだまだ賢くない自分ですが・・・。

    愛したい、という想いがあれば、きっと愛せるのではないかなと思います。
引用返信 削除キー/
■5866 / inTopicNo.11)  Re[2]: 生まれて来なければ良かった、という思いは消えない(フラバ注意)
□投稿者/ 安 [MAIL] -(2007/04/25(Wed) 22:01:38)
    No5864に返信(ちひろさんの記事)

    ちひろさん、初めまして、今晩は。レスありがとうございます。

    > 「あんたなんか、生まなきゃ良かった」
    > と10代の頃言われたのが、私が母に対して「いい子」でなかったとき。
    > 「いい子」でなければ見捨てられる・・・と思い込んでいたことが、「ああ、やっぱりそうか」と妙に納得したときでした。

     『生まなきゃ良かった』を産んだ本人から言われたのですか・・・。うーん、いい子で無ければ見捨てられる、という思いが、強化されてしまったんですね・・・。

    > そうやってどうしようもなく「馬鹿みたい」なやり方で生きている自分を、大事に思えるようになってきたような気がします。
    > 愛したい、という想いがあれば、きっと愛せるのではないかなと思います。

     うーん、そうですね。『私は私自身を愛したい』と自分に呼び掛けると、ふうーっと、体が柔らかくなるような感じがします。
     愛せるといいな、そうなれる日が来るといいな。そう思いました。 

     有り難うございました。
引用返信 削除キー/
■5869 / inTopicNo.12)  Re[3]: 生まれて来なければ良かった、という思いは消えない(フラバ注意)
□投稿者/ さこっち -(2007/04/26(Thu) 11:23:27)
    安さんはじめまして。
    私も「生まれてこなければ良かった」と何度思ったかしれません。今でも時折そんなつぶやきが頭の中によぎります。私もちひろさんのように「いい子」でなければ親から捨てられるという脅迫観念にとらわれて生きています。小学生の頃にはもう炊事洗濯などの家事をしていました。それは見捨てられない為に・・・。
    知人が自殺したときは私も逝きたかったし、自分を粗雑に扱う人に近寄ってぼろぼろになったり、あげくの果てに「あんた死ね!」などと言われることもありました。でも生まれてきてしまったから、死ぬことができず仕方なく生きてきました。そうこうしているうちに子どもを産んでしまいました。死ねなくなったんです。この子を育て独り立ちさせるまでは生きなければいけない。絶望しました。
    でも今はこの子たちに私のような悲しい人生を送らせないようにするため、自分らしさを取り戻すために自分を好きにならなければと日々自分と闘っています。寂しがり屋で恐がりな自分の中の子どもを受け止めること。自分の中の感覚をしっかり感じることが今の私の仕事です。まだまだ「生まれてこなければ良かった」という思いとうまくつきあっていかなければいけないようですが、安さんのメッセージを見て私一人ではないのだとなんだかほっとしました。安さん、またメッセージ書いて下さいね。ありがとうございました。
引用返信 削除キー/
■5872 / inTopicNo.13)  Re[4]: 生まれて来なければ良かった、という思いは消えない(フラバ注意)
□投稿者/ 安 [MAIL] -(2007/04/26(Thu) 20:44:29)
    No5869に返信(さこっちさんの記事)

      さこっちさん、初めまして、こんばんは。レスありがとうございました。

     お子様に悲しい人生を遅らせないように、しあわせになれるようにとの思い
    で、御自分と闘っておられるのですね。
     その子供さんを思うお気持ちは、きっと子供さんに伝わっていると思います。

     変化・成長することは苦しみを伴いますが、他人と比べたらまだこれしかで
    きていない、と思うこともありますが、自分の変化・成長を確認して、誰も褒め
    てはくれないけれど、それでも自分で自分を褒めながら生きていきたいな、と
    思います。 

     ありがとうございました。
引用返信 削除キー/



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